今日、ひとつの縁を断ち切った。

相手に最後のメールを書く。
『貴方の心は、新しい誰かが満たしてくれるでしょう。
俺の役目は終わったので、消えることにします。
今までとても楽しかった。 本当にありがとう。お元気で。』

アカウントを削除した。 
終了。

その人物「A'」は、2年前から毎日メールを送ってくるようになった。
まるで日課のように、毎日欠かさず。
内容は、ほとんどがA'の自分語りだった。
私から話題を振ったこともあったが、スルーされるか、興味ないと却下された。
A'主導の一方通行的なやり取り。
それでも毎日、A'は何通もメールを送って来、忙しいときでも私は必ず返信していた。
面倒に思うことも無かったわけではないが、それはそれで結構楽しかったと思う。

日本にいるうちは、それでよかった。
ネットはすぐに繋がり、同じ空気感を共有できる。

だが私がインドに来てからは、これまでのリズムが少しずつ壊れて行った。
時差。
繋がらないネット回線。
そして私自身の多忙。

私はいつしか、A'の一方的な自分語りやディープな趣味話に、辟易するようになっていた。
普通のやり取り、自然な言葉のキャッチボールなら、全く苦にもならない。
しかしA'とはいつも一方通行だったので、いつしかストレスに感じていた。

ある日、ひどい風邪を引いて、返信を翌日回しにしたことがあった。
『返信が遅くなってごめん。熱を出して寝込んでました』 と送ったが、A'からの返信は、いつもの趣味話と自分の話だけだった。

A'は普通ではないと確信したのは、この時だった。
毎日やり取りしてきた相手に、「大丈夫?」の一言も言わない人間がいたことは、驚きだった。

私はA'にとって、単なる吐き捨て場に過ぎなかったのだと悟った。
A'は私を対等に見ていない。
A'とのやり取りは、もう止めるべきだと思った。
これまで通り律儀に返信を続けつつも、私はA'を切るタイミングをうかがうようになっていた。

やがてチャンスは来た。
少し前からA'は、趣味関係のSNSに没頭するようになり、私へのメールは少しずつ減って行った。
これまで毎日来ていたメールは、1〜2日おきになり、やがて来なくなった。

A'が参加しているSNSでは、24時間、いつも誰かがA'に「いいね」を送る。
私とメールするよりも、価値が高いと思ったのだろう。
より多くの人間が、A'の承認欲求を満足させてくれるから。

今なら、関係を切っても後腐れは無い。
A'側から音信不通にしたせいだと、言い訳も立つ。

私はためらいなく、最後のメールを送信した。


そして今。
私は虚無感と疲労感の中にある。

私は、A'の話を真摯に聞き、共感したかっただけだ。
A'と良い関係を長く築きたかっただけだ。
だがその意図は、伝わりにくいものだ。
真面目に対応したつもりでも、相手と良好な関係を作れるとは限らない。
むしろ、愚痴のはけ口や八つ当たりに利用されて終わることも、少なくない。
今回のように。

ストレスのはけ口にされやすい要素が、私の中にあるのだろう。
理由はわかっている。 私は被虐待児だったから。
大人になっても「私をサンドバッグにしてください」といった雰囲気を漂わせているのだろう。
人と関わるためには相手のストレスのはけ口になるよう、幼少期に刷り込まれたのだろう。

日本にいた時は、自分がはけ口にされていることを自覚できなかった。
どんな相手にも、誠実に向き合うべき。
嫌な相手から逃げることは、堪え性が無い。
そう非難されるので、できなかった。

日本社会は怖い。 一度誰かのはけ口になった人間は、死ぬまで皆のはけ口になり続ける。
我慢とか誠実とかの言葉で、意識を縛られてしまうのだ。

相手が私を対等に見ていないことがわかったら、すぐに関係を切る。
自分の心を守ることが一番。

インドに来て、やっとそのことに気付いたのだった。